おもいでになったとき

あわよくば《いい思い出だな》と、思い返す日がきますように!(願) 今の日々が思い出になったとき・・・。私はどんな人になっているのだろう?いろんな人達と語り合えると良いなっと、blogに初挑戦です。

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交流の大切さ
を考える記事が気になっている。
(もう一つ。toshi先生のほうも、かなり良いのが上がってます)

保護者としての私の経験。を一つ。
思い出したので書いてみようと思う。

私が桜を出産し、初めての子育てがスタートを切った頃。
地元とは?季節感はおろか、言葉さえ違う異郷地での暮らしを支えてくれるはずの家族は?
一人。きり。←支えてくれる。の期待は?するものではなかったNo.1!は彼だった。
友人なんてもちろんの事、知り合いすら・・・
限りなく0に近い。状態。

頼れる人は?
だ~れもいない。ひとりぼっち感覚が・・・
桜と身体が切り離された=ご誕生!したあとは?
ふたりぼっち感。
に変わっただけだった。
しかも?
ひとりぼっちに戻る事が不可能だった。
なぜなら?
私が独りぼっちになるということは?
=生まれたばかりの赤ん坊が一人にされる。

と、いう事だったからだ。
(ちなみに夫は?桜とふたりきりにされる事を今でも嫌がる始末だ)
自分の入浴すら、夫の帰りを待ちわび・・・
(お風呂にドボンとつかる事ができるようになったのは、桜のほうが早かったが夫が桜と入ってくれない以上、沐浴桶を使用するしかなかった時期が結構長かった)
至難の業で何とか桜が寝付いた
一瞬を狙っての猛ダッシュだった。
↑これすらも『急げよ』と追い討ちをかけるような王様の面倒もこの頃は頑張ってみていた。

あっという間にヘトヘトになった。そして・・・
桜を連れて行けないところには?
私が行く事も不可能。
不便だ
この暮らしが永久に続くのか?←本当にこの頃は永久と感じた。
子育てとは、このように孤独な暮らしのことなのか?
そんなはずはない
これを永久に続けることこそが不可能だろう?
無理
なのは?私だけではないはずだ。
困っているのは私だけではないはずだ。
何かあるはずだ。
このように無理な暮らしを助ける何か?が・・・
絶対あるはずだ。

私は血眼になって、子育てを助けてくれる機関を探した。
良き相談者となってくれると同時に、一時の間で良いから預かって貰わねばならない事態に応えてくれる人が必要だ。と、考えたのだ。
いろいろ探し回って、最終的に保育園へとたどり着くのだが?その前に・・・
ファミリーサポートセンター
と、言う住民による相互援助機関。が、当初の目的に見合っていた。

この機関は?地域の有志の方々が自宅で子どもを預け・預かりあう。
①預かる人=有償ボランティア(子育て終了後のベテラン主婦も多くいらした)
②預ける人=私のように困っている人
③預ける事もあるが預かる事もある人=自分も困る事があるけど、他人の子も自分の子と一緒に預かる事ができる人。

のいずれかの会員になり、会員相互に助け合う。と、言う概要だった。

私は、③の預け・預かる人として会に入会した。
保育園と出会う以前?いや
仕事を持ち、正規で入園する頃まで
この会と、そこで出会った先輩母たちにはずいぶん助けられた物だ。
(ちなみに会は今でも抜けてはいない。が?利用もしていない状態。いざ!と言う時の保険状態になっている。)

すっかり前置きが長くなってしまったが・・・
この会で、私が預かる立場で出会った一組の親子。と、後に保育園で再会するのだ。
桜より4ヶ月年上の女の子。と、その両親。
仕事など諸々の事情のある時にわが家で預かって欲しい。と言う申し出だった。
2人きりの暮らしは桜にとっても問題ありでは?と考えていた私は、大喜びで歓迎した。
何をやってもなんだか神経質?のわが桜と比べ、相棒のこの女の子柊ちゃん(としておこう)は?
遊ぶならあそぶ!
食べるならたべる!
出すならだす!
寝るならねる!

と、自分の目的に向かってまっしぐら!
桜の3倍は散らかしたが?
この頃には社宅から新居の戸建・豪邸へ転居。桜がいくらヤンチャをやっても叱らなくて良いつくり。と言う快適な環境に暮らしていた為、散らかしてくれるくらいかえって張りがあると言うもの。(それなのにさくちゃんは母の足元でチマチマ暮らしていた)
見ていて気持ちの良いお子さんだった。
(対極の性格である桜と柊ちゃんの関係については皆さんのご想像にお任せします。ぜひ楽しい想像を!)

で?保育園で再会した後は・・・?
(正しくは、桜が後から入園。学年は1つ違いになる)
会員としての関係は続いていたが、
預かり合いはセンターを通すと有償(お金がかかる)
せっかく近づけたのだから、今後は個人で勝手にやろう!(その方が急な事にも対応できるし)
その代わりと言うわけではないのだが、桜も預かってほしい時にお願いできるとたいへん助かる。
と、いうお願いもして、桜も柊ちゃんのお宅でお世話になったりしていた。
が、お互いに平日の昼間は保育園があるので、早々頻繁に行き来していたわけではない。
とっても時々わが家へも来てくれる柊ちゃんは?すこぶる快調に成長していた。

ところが?3歳児健診の後だっただろう。(たしか・・・ん?)
柊ちゃんのお母さんが
発達が1年ほど遅れ気味。療育機関で診断などを・・・
と、言われた。
保育園と二人三脚でやってきたが、これまでも気になることはあった。
勧められたとおり、遠方まで出向いてみようと思う。

のような事を話してくれた事があった。
保育園で柊ちゃんを気にかけていた様子は、私にも伺えた。
が?うちへ来た時の柊ちゃんは?
相変わらず気持ちの良い人のままだ。
桜とは学年・クラスが違うと言う事もあり園内でこの親子と親密な関係ではなかった。
保育園で柊ちゃんについて先生と詳しく語る用事などなかった。
せいぜい・・・
さくちゃん昨日夜泣きしたって連絡簿にあったけど?どうしたのかな~?
アー。昨日柊ちゃんが来ていたから、楽しかったんでしょうよ!(ハイのあと爆発されたの意味)
あー。そっか~。それならいいんだー。
ってくらいなものだ。
↑この会話をなぜ?覚えているのか?きっと・・・。
さくちゃんの神経質ぶりが保育園でも気になっているのかな?
って事かな?よくわからない。。。

が?この後・・・
柊ちゃんは、彼女にとっては他クラスの親たちの間でも、話題に上るようになる。
人気者!と言うより?
渦中の人と、なって行くのだった。

前置きが長くて・・・またまた疲れてしまった。
続きはまた今度。(スイマセン)
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Comments

5回シリーズでしたでしょうか。すべて読ませていただきました。どなたかもおっしゃっていましたが、引き込まれるように読みました。
 わたしの立場から言えば、保育園の取組に同情したり共感したりする部分がありました。
 また、NANAさんの行動、思いは自分が経験した保護者の立場と共通している面が多々あるなと思い、ああ、ああいうときは、自分はどう対応したっけなどという思いでも読ませてもらいました。
 

 これは、障害児の例ではないけれど、虐待(放任も含む)されて育った子が、学校で行う問題行動について、学校だけでは対応しきれない事態になったことがありました。
 警察のお世話になったこともあったし、児童相談所ともいろいろ話し合いました。しかし、対応が遅いと、学校は何をやっているのだと、批判されたこともありました。
 これは、子どもの状況が刻々と変わっていくということがあるのですね。深刻な事態があるかと思えば、保護者や担任の努力もあって、よくなることもあり、まあ、もう少し様子を見ようということになると、ガツンと重大事件がおきるなどということもありました。
 また、これは、柊ちゃんの保護者には当てはまらないのですけれど、保護者が、『児童相談所に行く』と確約するまでも大変なのですが、確約してからもなかなか行かないなどということもあって、思わず時間がかかり、他の保護者から、批判を受けるなどということもありました。
 まあ、そんなわけで、けっこう時間がかかるのでした。
 
 でも、読ませていただいて思いましたが、保育園の場合は、もっと大変なのは、なかなか、『自閉症』と断定できない部分が、小学校以上にあるのだなということでした。様子見、試行錯誤の期間が長くなると、それだけ、皆さんの悩みも持続することとなり、大変なのだなあと、あらためて思いました。

 あと、幼いときのそれは、訳の分からないことが多いとも感じました。
 今、わたしが入っている個別支援級でも、AちゃんがBちゃんにだけ攻撃的ということはあるのです。でも、それは何となくどういうときか分かるのです。Bちゃんが、いわゆるいい子としてふるまったり、先生からほめられたりしたとき、Aちゃんはやっかみの感情で、攻撃的になるのですね。
 だから、対応もしやすい部分があります。
 NANAさんの書かれたケースでは、とりあえず、2人を切り離すという対応も必要だったのではないかなと思いました。もちろん、緊急避難的なやむをえない対応としてです。そのようなことを教育的配慮として言っているのではありません。
 こういうときは、園、保護者の連携が本当に必要になりますね。日ごろの人間関係が神によって試されているような瞬間です。そういう意味で、NANAさんはじめ、皆さんの対応は、すばらしいものがあったなと思いました。園のNANAさんへの感謝の思いは、わたし、痛いほどよく分かりました。
 わたしも保護者に助けられた部分はずいぶんありましたし、いずれ、それも記事にしたいと思っています。

 どうも、書き込みが遅くなり、申し訳ありませんでした。

toshi先生。

>どうも、書き込みが遅くなり、申し訳ありませんでした。
とんでもございません。
なが~い記事を読んでくださり・・・ありがとうございます。
また、いつでもどの記事にでも・・・。気が向いたら?ぜひ!お願いします。

>とりあえず、2人を切り離すという対応も必要だったのではないかなと思いました。もちろん、緊急避難的なやむをえない対応としてです。そのようなことを教育的配慮として言っているのではありません。
はい。よくわかります。
ただ、この場合がどうだったか?というと?
この園は、人間関係を形成していくことにたいへんな重きをおいている所でした。特に、子ども間については『トラブル』は双方だけではなく周囲みんなの『成長のチャンス』と捉えていた。だろう?と解釈しています。
そのため、幼児期も成熟度が増してくると、保育士が保育の中で故意にでも子ども同士でのぶつかり合いの場面を作っていく事もあったのではないか?とさえ思います。
親も総まとめで保育対象としてこれをやってきた。これまでの実績に職員集団としては当然ある意味の『自負心』を持っていたことでしょう。『トラブルは避けるのではなく、起こしてから対処していく』確かにこれは当たりです。私も大きく共感する部分です。
ただ、この時保育士たちはこれがすべてに当てはまるかのような自信を持っていたと思います。それだけきめ細かい対処をしてきていたのも事実です。

私は、園の対処が出遅れてしまったほんとの原因は?この『自負心』。これまでの経験と実績に裏打ちされた専門家としての姿勢を疑う事ができなかった部分にあると、後で感じました。

彼女が『自閉症』という判定を受けたか?どうか?の前に・・・
誰にでもあり、子ども時代は特に顕著に出るものである『こだわり』が、本人の力と周囲の理解(今は○○したいのね。のような理解)だけでは、超えられない苦しみを伴う場合やそういった人々が存在する。
と、言う事をご存知なかった。知らないまま、これまでの実績を強く信じてその対応でつらぬこう!としてしまった。

当然、職員たちはこのことについて後で大きく反省したことでしょう。
そう考えれば・・・?確かにこのケースの全貌としても『トラブルはみんなの成長のチャンス』であったことになります。
職員集団としても、このことで多くを学び、親子と共に成長してくれたことでしょう。
このケースでは明らかに当事者ではない私としては?これ以上の喜びはないのではないか?と思います。

>保護者が、『児童相談所に行く』と確約するまでも大変なのですが、確約してからもなかなか行かないなどということもあって、思わず時間がかかり、他の保護者から、批判を受けるなどということもありました。
これは・・・。私が直接関わった経験は少ないのですが・・・。残念ながら、同様のことが頻繁に起こっている事を承知しております。
学校や当事者の親を批判して、何の解決になるのでしょう?そして、この批判している親の姿を、子どもたちは見ているのです。
事が急を要する場合は特に、非難したくなる気持ちはわからなくもありません。ただ、親なら親同士で寄り添い会おうとする姿勢が・・・。もう少し欲しいです。大人なのですし・・・。
で?その姿勢作りに、ぜひ!学校として一役かって頂きたい!
学校のPTA活動への私の関心は、そこにあります。学校として一役買う姿勢がどこまであるのか?を知りたいのです。
TBさせていただいた、Toshi先生の記事との関連はそこにありました。素敵な実践だったと感じています。


>園のNANAさんへの感謝の思いは、わたし、痛いほどよく分かりました。
実は・・・。
昨年度、私は保護者集団の長としての大役?もあり、卒園を目前に控えて、自分たちがいなくなる前に『愛すべき桜の先生たち』に客観的に自分たち集団を見つめる視点を持っておいて欲しい。と・・・。
多くの後輩保護者の前で、彼らに見えるように!園と壮絶なバトルを繰り広げながら・・・最後の1年間。生活のすべてをそこ集中して過ごしました。
私としては、あの時私ができる事のすべてをして卒園したかった。ご恩返しのつもりでした。
ですが、これは・・・?私には到底身の丈を超える挑戦だったのでしょう。たいへんなストレスとの戦いの日々となりました。
あの日々が終わってから、もうすぐ1年が経とうとしています。
今やっと、Toshi先生のこのお言葉に・・・。素直に涙が出るようになりました。
ありがとうございます。


>保護者に助けられた部分はずいぶんありましたし、いずれ、それも記事にしたいと思っています。
楽しみにしています。

なるほど。すごくよく分かりました。
《この園は、人間関係を形成していくことにたいへんな重きをおいている所でした。特に、子ども間については『トラブル』は双方だけではなく周囲みんなの『成長のチャンス』と捉えていた。だろう?と解釈しています。》
 これは、すごくよく分かります。対応の遅れと書きましたが、その原因に、こういう思いがあったからこその出来事だったのですね。
 それにしても、それを保護者であるNANAさんが理解していると言うか、感じているというか、その点がまたすごいと思いました。
 NANAさんのコメントには、学級経営上も大切なことがちりばめられています。
《『トラブル』は双方だけでなく周囲みんなの『成長のチャンス』。》これは、わたしも、『初任者HP』で書かせてもらっています。こんなことですら理解できない教員が多くいます。
『トラブルは避けるのではなく、起こしてから対処していく』
『この批判している親の姿を、子どもたちは見ているのです。』この子どもが見ているという視点が大事ですよね。これは、多くの保護者、および教員に感じてほしい点です。
《多くの後輩保護者の前で、彼らに見えるように!》上記のようなNANAさんだからこそ、彼らに見える部分を大切にされたのでしょうね。
 あと一つ。これは、関係ないことですが、近年、幼・保と小の連携が強く叫ばれるようになっています。小・中間でも同様です。小1の学級編成は、幼・保の先生と一緒に、中1のそれは、小6の先生も交えて行うなどということが、わたしの地域では、今春から行われると思います。
 いろいろ、ありがとうございました。


ありがとうございます

>それにしても、それを保護者であるNANAさんが理解していると言うか、感じているというか、その点がまたすごいと思いました。
これは・・・!
園全体へのお褒めの言葉です。
私は特別理解のある親ではありませんでした。保育園という所は親がみんな共働きですから・・・。親集団はある意味、各種専門家の集まりです。それぞれがその道のプロとして自分なりの信念を持って生きています。その暮らしを続けさせてもらえる保育園の存在はどの親にとってもただならぬ大きな存在です。その集団の中で一人の弱い母親である以外の顔を持たなかったのが私です。
私のあの場所とあの集団への思い入れはたいへんな物で・・・。何もかもが『美しき誤解』なのかもしれません。
ですが、どんなに感謝してもなお余りある感謝の気持ちを、ずっと持ち続けていたい。多くの先輩・同輩保護者と共に、この気持ちを持っていられることがありがいたい。のです。

教育をご専門に極めてらっしゃるtoshi先生から、このような評価をいただけたのであっては・・・?
園長が小躍りして喜ぶ事でしょう。。。

私たちの保育園をお褒めいただき光栄です。自慢の桜の自慢の古巣です。
この美しき誤解をずっと解かずにこれからもありたいと思っています。

toshi先生。
こちらこそありがとうございました。今後もよろしくお付き合いいただけるとありがたいです。

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Author:NANA
わが家は3人家族。
きっと一生溺愛し続ける娘は7才。小学1年生。
定年まであと10年をきった年代間ギャップの激しい夫。
異郷の地で友達が少ない私。昔からメカ音痴の上、はやり物に乗るのはきっと今回のこのblog挑戦が生まれてはじめてかも・・・?
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